GoToキャンペーンというのがあって,これが最近大荒れしています.GoToキャンペーンって何かというと,2020年夏から一定期間の間に実施される,官民一体型の地域活性化,需要喚起を目的としたキャンペーンのことですね.このキャンペーンが制定されたあとに,東京の新型コロナの感染者数が増えたということで,東京だけ除外になりました.そんでもってキャンセルが発生して大変なことになっています.

 GoToキャンペーン自体が色々言われていて,たとえば「余計感染者をばらまくだけだとか」とか「今やるべきことなのか?」とか.

私はこのキャンペーンには一定の理解を示していて,経済の活性化と防疫を両立させるための実験の一つとして,こういうのも必要なんだろうなぁ,なんて思っています.(もちろん政治的な献金があったのかなぁ,なんて多少は疑っていました)

 

何でこんなに理解を得られないのか?

そもそもなんでこんなに荒れているのか?何故理解されないか?と考えたときに,議論の途中経過が分からなすぎるということがあります.4月ごろ絵話題になった「お肉券」もそうですが,途中経過がわからないので唐突かつ奇抜に見えます.

そんな感じで,複雑な問題ほど決まったことだけ聞いても「何でそうなった?」というように理解が得られにくいと思っています.問題から素朴に考えて連想される答えは,一見良さそうに見えて最も妥当な答えではないことが多いのです.何故素朴な答えを選ばなかったのか?一見的外れな答えを選んだのか,というのは議論の中を見れば納得できるものがあるのかもしれません.決まるプロセスがわからないと,議論中に誰かが言ったことを改めて問われることになる気がします.また政治では不正を疑われます.

 

途中経過は結構重要

こういうのって結局は納得感が物を言うような気がします.今の状況を見て妥当な案なのか,合理的な案なのか,それを十分に議論したうえで,途中経過をしっかりと見せるべきかと思います.なので最近の感染症対策の専門委員会であったように「議事録は取らなかった」というのはちょっと問題な気がします.議事録を公開していたなら,もしかしたら「この時期にGoToキャンペーンをするのもやむを得ないよねー」とか「お肉券,もしかしたら良いかも」とかなったのかもしれません.