学校生活や社会人として働く中で,調和というのは当然大切なものだと思います.自分の主張ばかりを通しては周りの協力は得られません.
一方でワガママさもがないと肝心なところでうまく行かない,とも思っています.
最近機械学習を使ったある研究開発をしていたのですが,ぼくも上司から「こういうのをやってみたら?」と言われた時点で余り納得感が有りませんでした.「これは何のために使う技術なんだろう?なんとなく使いみちは分かるものの,必須なのか?」とおもっていました.案の定ある程度技術が確立したところで案の定,「これはあんまり意味がないと思う.やりたければやればいいけど・・」みたいなことを言われてしまいました.
ワガママさやこだわりというのはかなり重要
ワガママというのは大抵の場合はかなり考えたうえで,「自分はこれが正しいと思う」と主張するものだと思っています.周りに理解されない場合は"ワガママ"として扱われてしまうこともあると思います. 結局正解がない状況においては,こういう推進力がかなり重要だと思います.
納得感を得られるまで,周りと十分に議論すべし
ただ,自分一人で考えていても,思考に偏りがうまれてしまいます.そのためには納得できるまで周りと議論することが必要なんだろうと.そして議論できないのであれば,一層のことやらないという選択肢もありかもしれません.
取り組みが進むうちに納得感が湧いてくるというのはあることもありますが,大体の場合はそんなことはないですね.
最後に同時期に見た動画にあった『自己中心的利他』というのが,わりかし近い気がするので,貼っておきます.
コメント