先日、ある高校生がスシローで不衛生な行いをSNSにアップして大炎上するという事件が発生しました。醤油を舐めたりする動画が出回りました。このこと自体は非難されるべきだと思います。ただ、連日この事ばかり報道され続けるのは何か違和感を感じました。

 

報道されたことによるのか、かなりのバッシングが始まりました。所属する学校を特定したりなんなり。こういうのは今に始まったことではないです。

最近の報道によると、問題を起こした高校生は学校を退学したのだとか。自業自得とはいえ、そこまで追い込まれるとは可哀そうな気がします。

 

この高校生がSNSにアップした不衛生な動画は見ていて不快なものでした。ですが、こういう悪戯は氷山の一角だろうな、と思いました。SNSにアップしていないだけで、こういう悪戯をする人はもっといるのだと思います。そして究極のところ、対策の使用はないのだと思います。例えば、くら寿司は寿司にカバーをして提供していますが、あんなものは手で簡単にどけることが出来ます。悪戯しようと思えば出来てしまうわけです。

 

そういうのがあるので、アップされた動画に不快感は感じるものの、「別に毒物をまき散らしているわけではないし、どうでもいいなぁー。むしろ海外はもっと不衛生だし。むしろ対策しまくって寿司の値段が上がるのがいやだなぁ」というのが私の思うところです。

 

さて、今に始まったことではないこのバッシングの嵐はどこから来るのだろうか?などと思っていたところ上記のようなツイートが流れてきました。この倫理に反した赤の他人への攻撃性とワルモノを徹底的に叩く正義感はm」”不寛容な世の中”と表現するのがふさわしいです。そして、この不寛容さは真面目な人が報われないことの苛立ちや焦燥感から来るのかもしれません。

確かに某隣国は指殺人と言われるように、芸能人やセレブへのバッシングが凄まじいのだとか。高校大学受験を頑張って良い会社に入ることが社会的に成功とされている社会で、その道から外れてしまうと他人への攻撃をして浮かばれない自分を正当化することで精神衛生が保たれるのでしょうね。

 

所得が上がらない日本ではより報われない世の中になっていくのだと思います。これからはより不寛容になっていくことが想像できます。理不尽なバッシングに巻き込まれないこともそうですが、他人に対して寛容さを持てるように、自分にとっての幸福とは何か?何をすれば満たされた気持ちになるのかをより模索していかないと、悪に道に落ちていくのだと思いました。

 

おまけ

こういう考え方もあるのだと。