本日は気になる文章について。
XやWeb記事を閲覧していると時々気になる文章というのを目にします。言いたいことは分かるけど、日本語が変過ぎてスッと頭に入ってこなかったり、独自表現が多すぎて突っ込みたくなったりします。
自分も人の事が言えない節がありますが、自分の事は棚に置いて他人の文章を解剖することでモヤモヤ感を浄化したいと思います。
まずはこちら。
技術者不足で逼迫する企業のIT部門 それでも気にせずに若手は転職を https://t.co/iLFuIXJSn4
— 日経ビジネスRaise (@nb_raise) 2026年1月13日
この記事の3つのポイント
☑企業のIT部門の多くがベンダーの常駐技術者で成立
☑システム老朽化、技術者の高齢化もあって現場は逼迫
☑そんなことは気にせず、若い技術者は転職を#日経ビジネス pic.twitter.com/TQ6HvvqXwa
この記事の内容は非常に共感が出来て、特に「前任のSIerのせいで基幹システムがたちいかなくなっているけど、若い技術者はそんなの気にせず転職してしまえ」というのは笑ってしまいました。老朽化したシステムと心中するよりは自分の人生を生きたいですよね。
ただ、随所にある独自表現が気になっていて、「悶絶するほど恥ずかしい」というのは、知らんがなという感じです。もっと筆者の事を知っていればキャラクターごと受け入れらるのかもしれませんので、飲み会は必須です。
次はこちら。
読書の「定義」というより、読書の価値の置きどころの話だと理解しました。
— shuichi-o (@SHU10038) 2026年1月24日
読書自体は個人の行為ですが、読後の共有や推薦を通じて他者に伝播したとき、社会的な意味を持つ、という点には共感します。
私も本を紹介するYoutubeチャネルやWeb記事を見るので。 https://t.co/sKLM1azOm6
この方の主張は半分共感できるんですよね。小説を読んだ時に他に人の読後感と比べてみたりするのが好きですし、フェルミ大学や積読チャンネルなどもたまに視聴します。
ただ、別に共有しなくても一人で読んで楽しかった、でも良いとも思います。エンタメの一つとして読書をするのであれば、わざわざ他人に共有を主る必要は無いのかと。
それより気になったのが、この方の文章力や言葉の使い方です。気になる点をざっと箇条書きするとこんな感じですかね。
- 読書の定義を改めたいとの事ですが、読書の定義は”文字化された情報を読み、意味を理解する”行為のことです。それ以上でもそれ以下でもありません。なので「読書の意味を再解釈したい」とか「意義を見直したい」などと表現すれば分かりやすいのだと思います
- 「社会的には“読まれなかった”のと同じです」というフレーズがありますが、主語が大きすぎる気がします。それと引用符で囲んで強調している部分がおかしい
- 「読んだ。理解した。満足した。考え方を変えた。それで終わり。」と畳みかけていますが、不自然
他にもありますが、だんだん書くのが面倒になってきたのでこのくらいにしておきます。
この方は現国が苦手なんですかね・・。自身の書籍も出版しているようですが・・。
という感じで、反面教師にしつつ、モヤモヤ感を浄化します。

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