本日は最近見て興味深かった動画について。
最近こんな動画を見ました。
【AIの進化】東大教授:経済学部でない生徒から「評価してくれ」と経済誌に掲載できるレベルの研究を渡された:令和鏡像#10 https://t.co/aABR36s840
— shuichi-o (@SHU10038) 2026年2月7日
う~ん、一見すると確かに専門性というのはAIに置き換わる気がするんですけど、漠然と違和感を感じたりすることはAIに置き換えられるんですかね?
たまに拝見しているピエロさんの動画です。内容は下記です。
- 経済学を知らない学生がAIを使って調査してレポートを作成
- 東大の小川教授がレポートを確認してみると、準トップ誌レベルの内容だった
- 専門性のように蓄積が崩壊することで、自分が何者かわからなくなる
- 人生で一番楽しいのはガチになったときであり、AIが入ってきてクオリティが上がるので、認知の限界まで使うべき
- これからの時代のスタンスは柔軟性である
この「AIをつかって補う」というのはまさにその通りで、AIは積極的に使うべきだと思います。
ただ、専門性が崩壊するというのはちょっとどうなのかな、と思いました。専門性みたいなものが積み上げられると、下記のような感覚が研ぎ澄まされてきます。
- 「何が本当に分かられていないか」
- 「なぜこの定式化が不自然なのか」
- 「この仮定を外す意味はあるのか」
- 「この問いは10年後に残るか」
こういうのって長期間その分野に浸かった人の違和感の蓄積から出てくるもので、「AIが台頭してきたならば専門性が崩壊する」というような話では無いと思います。
こういう違和感というのは最近他の記事でも見ました。
【岡潔流】賢さの正体は「違和感」を拾う力にある https://t.co/rOUADBO155
— shuichi-o (@SHU10038) 2026年2月7日
やっぱりこういう違和感を感じることも含めて「専門性」な気がします https://t.co/s8m40ThxKE
AIというのは既存文献の“重心”には強いのかもしれないけど、“外れ値の違和感”には弱いと思っています。最近KaggleでAIを使ってみましたが、やっぱりAIと正しく対話して行かないと、妥当な答えにはなかなかたどり着かない気がしています。

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