本日は最近思ったことについて。

 

職場でClaudeCodeを使っています。

ClaudeCodeってコーディングだけでは無く資料を作ったり何なりと色々な使い道があって便利です。職場でほとんどの人がClaudeCodeを使っているため、資料もClaudeCodeで作ったものを見ることが多くなりました。

ClaudeCodeで作ると5分くらいで80点くらいのものが出来上がるので、非常に便利なんですよね。先日の部署内における取組共有会(通称部会)では多くの人がClaudeCodeで作ったと思われる資料を共有していました。

 

ClaudeCodeで資料を作った資料を見かける機会が多くなって思ったことは、ClaudeCodeで作った資料ってあんまり印象には残らないんですよね。箇条書きにすると下記のような違和感を感じています。

  • なんか自分の言葉では無いというか、補間された多部分が何だか当人の考えではないように思える
  • 資料が小奇麗で印象に残りづらい。
  • 書いた本人が悩みながら「書いて消して」を繰り返した形跡が無く、何となく無難な感じがする

ClaudeCodeで資料を作ること自体は悪くはないと思うのですが、なんか全部任せるのって本人らしさが無くなりますよね。AIに多くの事を任せられるようになったので、何でもかんでもAIにお任せにしてしまうと「自分らしさ」が育たなくなるな、なんて思いました。

 

以前書いた下記の記事のように、間違ったら間違ったで面白いと思っていますので、本人らしさは残すべきなのかとは思っています。

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