本日の記事は「面倒くさい」という感情について
私は極度の面倒くさがりだったりします。前にもこんな記事を書きました。
最近も私がPMとしてかかわっている案件に対して、お客さんが「継続して契約したい」と言っていただいたのですが、うれしい反面、心のどこかで面倒くさいなぁ、なんて思ってしまいました・・。
なんでそう感じてしまったんですかね? この「面倒くさい」という感情の中には、実はいろいろなものが混ざっていますね。
「面倒くさい」と一言で言っても、例えば、
- 作業量が多くて面倒
- 手順が複雑で面倒
- 他人との調整が面倒
- 不確実性が高くて面倒
- 失敗したくないので面倒
- 自分の能力不足を突きつけられるので面倒
- 興味がないので面倒
- 単純に疲れているので面倒
など、色々混ざっており、お互いかなり違います。
ここから「面倒くさいはチャンス」という発想に無理やり結び付けてみる
「面倒くさい」、即ち「やらない」という訳にもいかないので、「面倒くさい」という感情とはうまく付き合っていきたいと思っています。
僕らの駆け込み寺であるChatGPTさんに相談してみると下記の回答が返ってきました
私は、
「面倒くさいと感じたら、必ず頑張ってやるべき」
とは考えません。
むしろ、
「面倒くさいと感じた瞬間に、一度立ち止まって『なぜ面倒なのか?』を考える」
のが重要なのではないでしょうか。
例えば顧客対応なら、
「顧客から追加要求が来た。面倒くさい」
で終わらせず、
「何が面倒なんだろう?」
と分解する。
すると、
「毎回メールで確認しているから面倒」
→テンプレート化できないか?
「要求仕様が毎回曖昧だから面倒」
→ヒアリングシートを作れないか?
「社内の人的リソース調整が面倒」
→最初からリソース計画を定型化できないか?
となる。
つまり、
面倒くさい
↓
面倒の正体を分析する
↓
仕組みで減らせないか考えるという流れです。
これはまさに、エンジニアリング的な発想ですよね。
「面倒くさい」の根源を突き止めるということは考えたことはありますが、あまり上手く行ったためしはないです。
問題を分解して簡単なタスクになるまでブレークダウンしたら面倒くさくない、みたいな言説はどこかの書籍で読みましたが、あんな感じですかね。
これに関してChatGPTさんから追加のこめんとがあって
例えば、
「この仕事、面倒くさいからやりたくない」
だけなら、単なる回避です。
でも、
「この仕事、毎回面倒くさい。なぜだろう? そもそもこの作業は本当に必要なのか? 自動化できないか?」
となれば、改善の起点になります。
これはかなり重要な違いだと思います。
そして、もう一つ、
「面倒くさいけど、これは自分が今まで避けてきた領域だから、一回ちゃんとやってみよう」
という方向もあります。
試験勉強の難問なんかはこちらでしょう。
「面倒くさいから捨てる」のではなく、
「自分が面倒くさいと感じるところには、自分の弱点が隠れているのではないか?」
と考える。
これは「自分を磨く」という意味ではかなり有効だと思います。
私は面倒くさい事に遭遇したら「これを上手くやる方法はないか」とか「自分にとってプラスになるチャンス」だとか考えるようにしていますが、これはChatGPTさんからは下記の意見でした
「面倒くさいことは全部、成長するチャンスだ」
と考えてしまうと、かなり危険だと思います。
世の中には、本当に単純に「やらなくていい面倒なこと」が大量にあります。
例えば、
「このExcelに毎日手入力してください」
という作業があったとして、
「面倒くさい……。これは成長のチャンスだ!」
と毎日頑張って手入力するより、
「これ自動化できませんか?」
と考えたほうがいい。
したがって私は、
「面倒くさい=成長のチャンス」ではなく、
「面倒くさい=改善ポイントを発見するセンサー」くらいがちょうどいいと思います。
そして、その先に3つの選択肢があります。
① やる
本当に重要なら、面倒でもやる。
② やらない
そもそも重要でないなら捨てる。
③ 仕組みを変える
何度も発生するなら、自動化・委任・標準化する。
これはかなり実務的な考え方です。
そしてPMの「面倒」は少し違う
一方で、今回のPM案件は面白いです。
これは、
「面倒だからやめたい」
だけで終わらせると、ちょっともったいない。
なぜなら、
「お客さんに評価された結果、新しい面倒が発生した」
からです。
これは仕事の構造として結構重要です。
成果を出す
↓
仕事が増える
↓
人が必要になる
↓
予算が必要になる
↓
調整が必要になる
↓
マネジメントが必要になるつまり、
「成果を出す能力」と「成果を拡大する能力」は別物
なんですよね。
今回お客さんから継続契約を求められたということは、少なくとも前者については成功した。
そこで、
「うわ、面倒くさいな」
と感じたのは、もしかすると次のステージに進んだときに発生する問題を直感的に認識したということなのかもしれません。
そして、これは以前話していた「プレイングマネージャになりたい」という話とも結構つながっています。
プレイヤーとして成果を出す
→
人を巻き込んで成果を出す
→
仕組みを作って成果を再現すると進むほど、当然「面倒なこと」は増えます。
だから、
「面倒なことを全部克服する」
より、
「自分がやるべき面倒と、自分がやらなくていい面倒を区別する」
ことのほうが重要なのではないでしょうか。
という感じで、面倒くさいという感情は改善のセンサーなのかもしれません。面倒くさいという感情を粗雑に扱わず、もう少し前向きに扱おうと思います。

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